• 公開日2017.12.15
  • 最終更新日 2024.01.17

東日本大震災を乗り越えての乳房再建でした

宮城県 MEさん(56歳)

手術方式:「二次二期再建」
      (乳がん手術の1年4カ月後にエキスパンダーを挿入。
その1年半後にインプラント入れ替え)
・乳がん手術: 2009年6月      左乳房全摘
執刀・石巻赤十字病院 乳腺外科 古田 昭彦医師
・乳房再建手術: 2010年10月 エキスパンダーを挿入
2011年10月 右乳房縮小
2012年5月     左乳房インプラント入れ替え(術後感染のため抜去)
2012年11月    左乳房エキスパンダー再挿入
2013年5月      左乳房インプラント入れ替え
2014年1月      乳頭形成(右乳頭からの移植)
2014年6月      乳輪形成(タトウーによる)
執刀・東北公済病院 形成外科 武田 睦医師
術前治療:なし
術後治療:ホルモン剤(タモキシフェン、リュープリン)


迷いに迷ったすえに「全摘+再建」を決めました

乳がんとわかったのは2009年の春のことでした。子どもたちの受験などで多忙が続き、定期健診を2回も飛ばしていたのに気づいて自己触診をすると、左胸に消しゴムのようなしこりが…。当時住んでいた宮城県内の市立病院を受診し、乳がんと告知されました。腫瘍は3cmほどにもなっていたそうです。

現在でもこの病院は、乳がんは全摘手術のみという方針をとっていて、温存という選択肢も考えてみたかった私は、知人からの情報で石巻赤十字病院を受診してみました。地元市立病院での入院・手術を避けたかったのにはもうひとつ、病院スタッフが知り合いばかりだという理由もありました。小さな街の悲しさで、最初に乳腺外科の検査を受けたとたん、あっという間に知り合いに噂が広まってしまったほどです。

石巻赤十字病院の古田医師は、時間をかけて丁寧に説明してくださり、温存でも全摘でも納得できる方法を選べばいいし、希望するならいつでも再建できるとおっしゃってくださいました。なかなか決断のつかない私でしたが、「先生のご家族だったらどちらにされますか?」と尋ねたところ、「全摘です」とのお答え。そこで私もようやく全摘手術を受ける気持ちが固まりました。

インプラントを入れた直後に東日本大震災に遭遇

乳房再建を前提に左胸の全摘手術を受け、翌年、当時東北大学から出張で来られていた武田医師の執刀でエキスパンダーを入れました。順調にいけば、その半年後にはインプラントへの入れ替えを行う予定だったのです。ところが2011年3月に東日本大震災が発生。ご記憶の方もおられると思いますが、このとき石巻赤十字病院は被災地の中核医療施設としてフル稼働しており、医療スタッフも寝食を忘れて被災者対応にあたっていました。エキスパンダーへの注水は完了していましたが、このままでいいのかと不安を抱えつつ、とにかく待つしかないと思いながら日々を過ごしていました。

私の地元だけでも1000人以上が亡くなるという未曾有の大災害ではありましたが、お陰さまで家族は全員無事で、家もなくさずにすみました。しかし周囲の家屋は津波と火災でほとんどが失われ、それまで普通に接していた近所の人たちから「あなたは家も家族も無事だったじゃない。うちは親も一度に亡くしてもう介護もできないのよ…」などと心ない言葉をかけられることもありました。「私だって乳がんになったんだよ。おっぱい片方ないんだよ」とどれだけ言い返したかったかしれません。でも「生きてるじゃない」と言われそうで、誰にも会わないよう、遠く県境を越えて買い物に行っていたほどでした。

とはいえ生活の再建に向けてやることも多く、エキスパンダーを入れたまま1年半以上が経過。さすがに不安が募り、こちらから連絡をしてようやく乳房再建が進み始めたのでした。

健側乳房の縮小とインプラントの組み合わせで再建

当初受け入れてもらう予定の病院は津波に流され、紹介していただいたのが、武田先生が着任された東北公済病院でした。自家組織による再建も考えに入れていましたが、もともと胸が大きくてドナーとなる組織が足らず、まず右乳房を縮小してから、インプラントを使って左右の大きさを揃える方法をとることになりました。

ところが、原因の特定はできないそうですが、抗生剤の種類によっては薬疹が出る体質が影響したのでしょうか、インプラントを入れて間もなく感染症が起きてしまいました。せっかく入れたインプラントでしたが、3日間も続く高熱に、乳腺外科の医師からも「命に代えられるものはないのだから」と言われて抜去。半年後に再度エキスパンダーを入れなおし、最終的に再建が完了したのは2013年5月のことでした。

同じ傷から何度もエキスパンダーやインプラントを出し入れしたので、傷あとの色の沈着が少し気になってはいるのですが、武田医師にはとてもきれいな両胸を作っていただくことができて本当に感謝しています。全摘手術の直後は自宅のお風呂も真っ暗にしないと入れないくらい落ち込んでいたほどなのに、とてもきれいな乳頭と乳輪を作っていただいたときは、「先生!すごくいい乳首ですね」なんて言ってしまったほどです。

私の乳房再建を望んでくれていた母の思いに感謝して

私の乳房再建は、インプラントでの再建が保険適用になる少し前のタイミングでした。適用まで待たなかったのは、私の乳がん手術のわずか数ヵ月後に膵臓がんで亡くなった母の存在があったからです。生前、母は再建手術というものがあると知り、「これでおっぱいを作りなさい」といってまとまったお金を用意してくれていたのです。再建できるようになったらすぐ手術を受けることは、その母の思いにこたえることでもありました。

それなのに、再建した胸との生活が当たり前のことになってしまい、私は母への感謝をすっかり忘れてしまっていたような気がします。こうして私の経験をお話しする機会をいただき、それがどなたかのお役に立つことになれば、それは間違いなくここまでの道をつけてくれた両親のお陰です。そしてもちろん、乳がんを治療してくださった古田先生と、失った乳房を再建していただいた武田先生。お2人の先生と出会ったことで再び健康と女性の誇りを取り戻し、私のこれからの人生に幸せが訪れました。この感謝の思いは終生忘れてはならないと思っています。

*インタビュー記事は個人の体験談に基づく感想で、E-BeCで推奨するものではありません。体験談は再建を考える際の参考にしていただき、主治医や医療者とよく相談をして決めるようにしてください。

(取材2017年11月)

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